交通事故で発生するケガで最も多いのが、むち打ち症です。よく使われる言葉ですが、実は「むち打ち」という言葉は俗称です。むち打ち症の正式な医学用語では「頚椎捻挫」「外傷性頚部症候群」「頚部挫傷」などと呼ばれます。
なぜ、「むち打ち」と呼ぶのかといいますと、発生するときの様子が大きく関係しています。事故の衝撃によって、「首がムチを打つように、前後に大きく振られる様子」からこのように呼ばれています。むち打ち症では通常の首の動作範囲を大きく超えてしまうため、ダメージが深刻化しやすいです。
むち打ちを発症しやすい状況としては、追突事故がイメージしやすいかと思われます。急に後ろから追突されることによって、一瞬で天を仰ぐような体勢となります。この反動により、一気に後方へ首が前方へ投げ出されるのです。ただ、バイク事故や自転車事故など、さまざまな状況でむち打ちは発症しやすいです。
ここでは、むち打ちになってしまうと、どのような症状が発生するのかを解説していきます。
もくじ
交通事故によるむち打ち症の特徴
意外かもしれませんが、むち打ちの発症直後というのは痛みが少ないことが多いです。これは、事故後すぐというのは興奮状態にあるため、たとえケガをしたとしても痛みを感じにくいのです。
むち打ちの特徴として最も多いパターンは、事故発生の翌日~約2週間で徐々に痛みが強くなることがあります。また、首だけでなく肩・背中・腕のというように、痛む箇所が広がるケースも珍しくありません。
症状にバラつきが出やすいむち打ちですが、動けないほどの激痛は少ないです。むち打ちの大多数は、「我慢できる痛み」「何とか動ける痛み」という症状です。また、レントゲン写真で異常が見つかることも少ないです。しかし、治療をしてもすぐに治る症状ではないため、激痛ではなくても決して軽症ということはありません。
一瞬で全身に衝撃を受ける交通事故は、身体の深部までダメージを受けるため回復が遅いです。むち打ちの「痛みが我慢できるから大丈夫」と捉えるのは危険です。我慢できる痛みであったとしても、むち打ち症では身体の奥深くまでケガが進行している可能性があるのです。
症状の重さにもよりますが、軽症であれば1~3ヶ月程度で改善することが多いです。ひどい症状になると6ヶ月以上経過しても治らず、後遺障害が残るケースもあります。
後遺障害とは、交通事故で負ったケガが治る見込みがないことをいいます。後遺障害に認定されると、1~14級ある等級に応じた慰謝料が支払われるものです。もし、むち打ちで後遺障害が認定されるとしたら、後遺障害で最も症状が軽いとされる14級です。痛みやシビレがかなり強い場合では、12級と認定されることもあります。
むち打ちの種類
一言に「むち打ち」といっても様々な症状があります。むち打ちは、症状はごとに分類されます。むち打ちで悩んでいる方は、どこにダメージを受けているか目安にするといいです。
頚椎捻挫型
むち打ち症で最も多いのが、「頚椎捻挫型」です。交通事故でむち打ちになった方の、7~8割は頚椎捻挫型に当てはまります。
これは、首の筋肉と靱帯を痛めてしまった状態です。具体的な症状としましては、首を動かした際の痛みと動作制限が挙げられます。また、安静時でも「鈍い痛み」「張っている感覚」が常に出ていることが多いです。
神経根型
神経を痛めてしまう「神経根型」もあります。これは文字通り、首の神経を痛めてしまった状態です。首からは腕や手を動かすための神経がたくさん出ています。ここにダメージが残ることで、「手にかけてのシビレ」「指先の感覚が鈍る」「脱力感」といった症状がでやすいです。
バレ・リュー型
他には、自律神経にダメージを負う「バレ・リュー型」が知られています。別名「後部交感神経症候群」ともいわれ、首の痛み以外の「頭痛」「めまい」「耳鳴り」「吐き気」「息苦しさ」「目のかすみ」といった症状がでてくることが特徴です。
首の痛みではないため、むち打ちと無関係に思ってしまう方も多いので注意が必要です。
脊髄型
なお、重症化しやすい「脊髄型」は注意が必要です。脊髄というのは脳から脊椎(背骨の中)へ繋がる神経組織のことです。強い衝撃が深部まで達してしまったときに発症するものです。
痛める場所によって変わるのですが、「麻痺」「知覚障害」「歩行障害」膀胱や直腸に異常が起きて「排尿障害」も発生する可能性があります。上肢や下肢にも障害が出やすく、むち打ちの中ではかなり重症の部類に入ります。
前述した症状に当てはまるものがあれば、むち打ちの可能性が非常に高いです。もし、一つでも当てはまれば医師にしっかりと伝えるといいです。ただ、明確に痛めた箇所がわかりにくいため、治療が難しい症状でもあります。
むち打ちの治療方法
むち打ちの治療については、医療機関によって大きく方針が変わります。
これは、前述した症状によって方針が変わるのではありません。整形外科(クリニック)・病院側と、整骨院・接骨院側の考えの違いによって、むち打ちの治療内容が変わります。これは病院側の医師と、整骨院側の柔道整復師の考え方に違いがあるので治療方法も変わってくるのです。
病院・整骨院ともに共通点としてあるのは、首の痛みがひどいときは「コルセット(頚椎カラー)は付ける」「受傷直後はマッサージをしない」ことぐらいです。
それでは病院ではどのような治療が行われているのかというと、基本的に「シップ」「飲み薬」と、物理療法という「牽引治療」「電気治療」の機械を使った治療がメインとなります。牽引治療というのは、文字通り首を真上に引っ張る機械です。骨と骨のあいだを広げて、負担を減らすことが目的です。筋肉のストレッチ効果も目的としてあります。
一方で整骨院では、手技療法をメインにしているところがほとんどです。要は「手を使った治療」によって、患部の筋肉や骨にアプローチします。むち打ちでダメージ負った箇所の筋肉は硬く緊張してしまうことが非常に多いため、これを手技によって筋肉の緊張を取り去ろうとするのです。
筋肉の硬さが「常時続く嫌な痛み」「神経を圧迫して起こる頭痛」「動作制限」を引き起こします。そこでマッサージなどで、患部や肩甲骨周辺も含め柔軟性を高める治療をする整骨院が多いです。身体全体の微妙な「ズレ」に着目して、ゆがみを改善する手技を取り入れている柔道整復師もいます。
むち打ち症の治療法が病院と整骨院で違う理由
簡単に病院と整骨院の違いを説明しますと、病院側(医師)は「機械と薬で治す」という方針です。それに対して整骨院側(柔道整復師)は「手を使って患部、または患部周辺を直接アプローチする」という方針です。
医師側には「変に症状が出ている患部に触ると悪化する」という考えがあり、柔道整復師側は「機械とシップくらいで治るはずがない」という考えをもっており、これらが真っ向からぶつかっている状態です。
基本的に病院側は整骨院の治療に否定的な考えを持つ医師が非常に多いです。これは、医師の方が社会的地位が高いのと、「治療行為は医師のみが可能」と考えていることが大きく関係しています。柔道整復師が行うのは「医業類似行為」といわれ、「施術」と表現されます。要は制度上、「治療に似たもの」と捉えられています。
そのため、医師側からすると「治療できない人間が出しゃばるな!」と嫌悪感を示すのです。整骨院に通院しても、病院と同じように慰謝料は加算されるのですが、治療の根拠を含め通院の必要性は医師の意見が最も強いのです。
どちらの治療方針が良いのかは、実際に治療をしてみないとわからない部分が大きいです。ただ、機械やシップの治療で痛みが軽減しないのであれば治療法を変えた方がいです。交通事故発生から数週間経過して、病院での治療で改善がなければ整骨院で診てもらうといいでしょう。
もちろん、始めから病院の機械治療やシップだけの治療に疑問点を抱いていたら、最初から整骨院で治療しても問題ありません。
むち打ちはどの程度で改善するのか
むち打ちは症状の重さにもよりますが、軽症であれば1~3ヶ月程度で改善することが多いです。ただ、ひどい症状になると6ヶ月以上経過しても治らず、後遺障害が残るケースもあります。
一つ見逃せない点としましては、病院での治療や処方される薬は全国どこでもほぼ同じです。それに対し、整骨院での手技治療は、良くも悪くも柔道整復師の知識や経験で大きな差が出ます。
極端な例でいいますと、「むち打ちは強くアプローチしては悪化する」という考えの柔道整復師は、基本的にソフトに患部を触ります。また、「事故の衝撃で骨がズレてるはずだから、矯正しなくてはダメ」と、バキバキ首を矯正する柔道整復師もいます。
技術・経験ともに不足している整骨院の施術者に治療してもらうと、症状が悪化してしまうケースも珍しくありません。そのため、むち打ちの被害者は医療機関選びを慎重にする必要があります。
ただ、交通事故後は、病院で医師の診断を受けなくては補償を受けることができません。そのため、まずは病院へ出向いてレントゲンなどで「骨に異常がないか」「脳に異常がないか」を診てもらいましょう。その後から自分に合った治療方法を探していくのがいいでしょう。
長期に渡って続く「脳脊髄液減少症」
むち打ちの症状は前述したものが圧倒的に多いですが、非常に特殊なケースとして「脳脊髄液減少症」というものがあります。交通事故によるケガによって、筋肉や靱帯・神経とは違う「脳を守る薄い膜」に異常がでてしまったものです。
脳は「髄膜」という薄い膜の中で守られ、「髄液」という液体の上に浮いている状態です。交通事故によって強い衝撃を受けた際、髄膜に穴が開くことがあります。これにより、髄液が漏れでてしまい、脳に掛かる負荷が強くなってしまう非常に珍しい症状です。
症状は個人差が大きいのですが、「激しい頭痛」「視力低下」「強い倦怠感」などがあります。また、立っている姿勢になるとふらついてしまい、定期的に横にならないと回復しないといったものがあります。
これらの症状は必ず出現するわけではなく、日常生活では支障がないこともあるのです。しかし、症状が重ければ日常生活はもちろん、就業も困難に陥るケースも珍しくありません。
脳脊髄液減少症の治療方法
脳脊髄液減少症は発見しにくく、レントゲンやMRIでもわかりにくいことが多いです。そのため、長期で治療をしても改善せず、改めて検査をして発見に至るケースが大部分を占めます。現段階では解明できていない部分が多く、まだまだ研究段階という現状です。
現在では「保存的治療」といって、できるだけ横になって安静にする時間を増やすというものがあります。自然治癒するケースもあるので、脳脊髄液減少症と診断されたらまずやるべき治療が保存的治療だといえます。
具体的には、しっかりと水分を摂取して、減少した髄液が増えやすい状態を作り出します。そして、できるだけ脳への衝撃を少なくするため、ベッドで身体を横にしていることです。保存的治療で一定数の方が改善するデータがあるので、脳脊髄液減少症と診断されたら真っ先にやるべき治療です。
もし、保存的治療で回復しなかった場合は「ブラッドパッチ治療」をするのが主流です。この治療方法では、背中から骨と骨のあいだに局所麻酔を打ちます。そして、患者自身の血液に造影剤を混ぜ、脳脊髄液が漏れでている近くに針を刺します。針から血液を注入して、血液が固まるのを待ちます。要は血液に「のり」の役割をしてもらい、髄膜の穴を塞ぐのです。
効果が出るまでは数時間から翌日にかけて、症状が軽減することがあります。しかし、注入した血液は徐々に溶けてしまいます。そのため、症状が元に戻ってしまうことが多いです。1回の治療で劇的に改善することがありますが、大多数が継続的に治療をしていく必要があります。
なお、ブラッドパッチ治療によって一時的に症状が悪化することもよくあります。これは、外部から血液を注入するため、患部に炎症が起きてしまうからです。ただ、抗炎剤やステロイドなどで回復することが多いので心配はいりません。長期にわたって副作用による症状が継続する確率は、約1%とかなり低い数字といえます。
また、髄膜の穴が塞がることで、髄液の量が増加します。このとき、身体がびっくりして過敏な反応をとることがあります。このときは、頭痛・吐き気・発熱・などの反応が表れます。症状が悪化したと感じてしまうと思いますが、症状が回復している目安になります。そのため苦痛ではありますが、我慢が必要です。
脳脊髄液減少症の治療を継続するうえでの問題点
症状が軽減してくるまでの期間やブラッドパッチの回数は、非常に個人差があるのが現状です。回復までに数年かかることも珍しくありません。
難点としましては自費診療の病院が多く、入院・検査・治療を含めて30万円前後になってしまうことです。保険が適用されると8〜12万円のところが多いです。
また、保険会社は脳脊髄液減少症と交通事故の因果関係について否定的であることが多いです。まだまだ不明な点が多い症状のため、明確に交通事故と脳脊髄液減少症の因果関係がなければ、「交通事故によって脳脊髄液減少症を発症した」と認めたくないという考えからです。
保険会社にとって、交通事故と脳脊髄液減少症が関係ないとなると、高額な治療費を保険会社が負担しなくてもいいので都合がいいです。そのため、自己負担で治療を進めようとするケースが多いのです。要は保険会社が補償してくれず、患者負担で治療するということです。
「交通事故の衝撃で脳脊髄液減少症が発生した」という医学的根拠があれば、保険会社が治療費を負担してくれますが、交渉が難航しやすいのが実情です。
脳脊髄液減少症と交通事故の因果関係を認める判例も徐々に増えていますが、保険会社はスムーズに治療費を補償してこないケースが多いです。脳脊髄液減少症の治療費は大きな額になる可能性があるため、納得のいかない補償になりそうであれば必ず弁護士に相談しましょう。
むち打ちが治っていなければ治療を継続するべき
むち打ちは、保険会社から補償期間を短く設定されやすいです。それは見た目で大きな変化もなく、「粉砕骨折」「腕や足を切断」というように、機能障害が残ることが確定している症状ではないからです。
むち打ちは軽症案件も多いため、保険会社は勝手に軽症だと解釈して「補償は3ヶ月のみになります」と言ってくるケースが目立ちます。これは、被害者の症状を把握していない段階でも、同じようなことを言ってきたりもします。
骨や脳に異常がないむち打ちであっても、症状が残っているのであれば長期化しても治療を継続すべきです。もし、保険会社から治療を打ち切られそうになった場合は、交通事故に強い弁護士に依頼しましょう。弁護士が被害者の代わりに、保険会社と治療の延長交渉をしてくれます。
被害者本人が直接やり取りをするよりも弁護士が交渉した方が、治療延長が可能になる確率は格段にアップします。たとえ1ヶ月でも延長できた方が身体にとってはいいので、通院期間で保険会社とトラブルが起きたら弁護士に相談するといいでしょう。
弁護士への相談費用をゼロにするには
弁護士に相談する前にまず確認すべきものがあります。それは、ご自身の加入している任意保険の内容です。保険プランの中でも「弁護士費用特約」というものに加入していると、弁護士費用を保険会社が負担してくれます。非常に便利な特約なので、加入していたら必ず使いましょう。
弁護士費用は300万円まで保険会社が補償してくれますが、裁判をしたとしてもまず超えない額なので安心して大丈夫です。
もし、弁護士費用特約に未加入であっても「着手金なし」「完全成果報酬」の弁護士事務所であれば安心して依頼できます。仮に弁護士費用が発生しても、最終的に受け取る慰謝料が増額される可能性が非常に高いです。これは、弁護士が保険会社と交渉すれば慰謝料が増額できる仕組みとなっているからです。そのため、交通事故でトラブルがあったら弁護士に相談しましょう。