交通事故による損害賠償などのトラブルは約9割が「示談」という形で終了します。ただ、一部は示談交渉が決裂してしまい、被害者と保険会社のあいだでは解決できないこともあります。

示談交渉が決裂して法的に争う場合、一般的に「裁判」がすぐに浮かぶと思いますが、「民事調停」によってトラブルの解決を目指す方法もあります。

調停は裁判所で行う手続きの一つですが、法律の専門家をあいだに挟んで話し合うことで解決を狙うというものです。裁判を起こして争うよりも簡易な手続きで早期にトラブルを解消できる可能性があることから、紛争を大きくせずに解決したい人には向いています。

しかし、示談が上手くいかなかったからといってすぐに調停を検討するのではなく、裁判との違いや手続きの流れなど理解した上で民事調停を視野に入れていきましょう。

ここでは、調停をする上で必要な知識について解説していきます。

調停は簡易裁判所に申し立てをする

調停の申し立てをする窓口は簡易裁判所になります。簡易裁判所は全国各地にあるため、原則は調停の請求者の住所を管轄する簡易裁判所に問い合わせることになります。場合によっては交渉相手の住所を管轄する簡易裁判所でも問題ありません。

調停をする際、「調停委員会」というものが作られます。調停委員2名・裁判官1名の計3名で調停委員会が構成され、調停委員は弁護士・公認会計士・建築士などの当該トラブルに関して専門知識がある人になります。

当事者同士が裁判所でトラブルの解決を目指し、調停委員をあいだに挟んで話し合いを行います。調停の目的は、事故の当事者同士が一方的な主張をするのではなく、お互いが歩み寄って「和解」を目指す形です。ちなみに調停は平日に行われます。

話し合いによって合意が成立した場合は「調停証書」というものを作成して、そこで調停が終了する流れとなります。

和解はお互い譲歩し合って確定した内容ですが、そこで作成された調停調書は判決と同じ効力を持ちます。そのため、「やり直し」ができないので注意が必要です。

また、基本的に調停は複数回行われるのが一般的です。話し合いを重ねながら、お互いの合意できるポイントを探していく流れになります。

調停の申し立てに必要な書類

調停をする際は簡易裁判所に「調停申立書」というものを提出します。書類は簡易裁判所に置いてありますし、裁判所のホームページからも書式をダウンロードできます。

調停申立書には、申立人と相手方の住所氏名・損害賠償の請求額を記載します。どれくらいの金額を請求すべきかわからない場合は「相当額の賠償を求める」という内容で記入すれば問題ありません。

もし、具体的な請求金額を決めていた場合、その請求額よりも若干上乗せした金額を記入しましょう。理由としては、話し合いのなかでお互いが譲歩して損害賠償額の妥協点を決めていく流れになる可能性があるからです。

請求した損害賠償額よりも低い金額で決着が着くことを考慮して、調停申立書に記入する請求額を決めていくことが望ましいです。

その他、調停の申し立てに必要な書類は以下のものになります。

・印鑑

・手数料・郵便切手

・証拠書類があればその写し

・当事者が未成年の場合は戸籍抄本・戸籍謄本

必要書類を簡易裁判所に提出して申し立てが無事に終了すれば呼び出し状が届き、具体的な調停に日程が決まる流れとなります。

調停費用について

調停申立書には収入印紙を貼る必要があり、これが調停をするための費用になります。収入印紙は郵便局で購入しましょう。

印紙代は損害賠償の金額によって異なり、以下のような金額になります。損害賠償の請求額は調停申立書に記載した金額を基準にします。

・10万円以内:500円

・50万円以内:2500円

・100万円以内:5000円

・500万円以内:15000円

このとき、調停申立書に記載した加害者への請求額が「相当額の賠償を求める」であった場合、6,500円の収入印紙を貼りましょう。

調停と裁判の違い

調停と裁判はどちらも裁判所の管轄になり、紛争を解決する目的は同じですが制度の内容は大きく変わります。

まず、調停は「合意」を前提に当事者同士が話し合いをすることで紛争の解決を目指すものです。それに対して裁判は、裁判官が当事者同士の主張を聞いた上で法的な判断(判決)を下すというものになります。

調停による和解、裁判での判決はどちらも法的に拘束力を持つので、一度結果が出てしまうと容易に覆すことはできなくなります。そのため、決定内容に不服であってもそれに従わなければいけません。

また、裁判では紛争の内容を訴える相手は裁判官になりますが、調停では民間人が調停委員として選ばれることが多いです。

調停委員は「弁護士の資格を有するもの」「民事か家事の紛争に対して有用な専門知識を有するもの」「社会生活の上で豊富な知識経験を有するもの」という基準で選考されます。もちろん裁判官が選ばれることもありますが、これらの条件を重視して調停委員が任命されます。

最終的に裁判の場合は「裁判官が加害者側に対して損害賠償を命じる」という形なります。それに対し、調停では当事者同士の合意ができた時点で「調停調書を作成して、そのあと加害者から損害賠償を受ける」という流れにになります。

調停のメリット

調停のメリットはいくつかあります。まず挙げられるのは「手続きの簡単さ」と「期間が短い」というものです。

調停の手続きは申立書の記入と必要書類を集めるだけなので、法律に精通していなくても簡単に調停をすることができます。裁判に比べて調停の方が短期間で解決できる可能性が高いことも特徴です。

一般的に調停期間は3ヶ月程度で終わることが多く、話し合いの回数も2・3回程度で終わることが多いです。ただ、調停に回数・期間の定めはないので、話し合いが難航すれば半年以上の期間を要することもあります。

調停は当事者同士が話し合うのですが、調停委員が公正な立場で和解を斡旋してくれます。加害者側の保険会社が一方的に不当な主張を押し付けてくる可能性が低くなるため、被害者は妥当な損害賠償額で合意しやすくなります。

そのため、弁護士に依頼をしなくても調停で紛争を解決できる可能性があるので、少しでも費用を抑えたいと考えている人には向いている制度です。

また、裁判は一般公開されているため裁判官による証人尋問など、他人が自由に傍聴できてしまいます。ただ、調停は完全非公開になります。第三者に紛争内容や秘密を外部に漏らしたくない場合は調停をするメリットが大きいと言えるでしょう。

調停のデメリット

前述したように、調停には多くのメリットがありますが、その反面デメリットもいくつかあります。

まず挙げられるのは、調停をすることで確実に紛争を解決できるわけではないということです。調停は基本的に調停委員をあいだに挟んだ当事者同士の話し合いになります。

被害者の主張を加害者側の保険会社が全く受け入れない場合、話は平行線をたどりなかなか結論が出ないこともあります。

調停委員は意見を押し付けることができないので、お互いが一歩も引かないときは調停で紛争を解決できない可能性が高いです。

また、調停はお互いの主張を全て通すのではなく、「歩み寄り」が必要なことがほとんどです。そのため調停で和解した場合、裁判で勝訴したときよりも損害賠償の金額が低くなる可能性が高いと思っていいいです。

このようなことから、調停に臨むときは損害賠償額の最低ラインを決めておくことが大切になります。「相手の主張をどこまで聞くか」といった、一定の基準を設けておくことで話し合いをしやすくなります。

調停がうまくいかなかった場合は、申し立て費用と話し合いに要した時間と労力が無駄になる恐れがあることを踏まえて調停をするかどうか検討しましょう。

調停委員の選考は当たり外れがある

本来であれば、調停委員の人たちは公正な立場で対応をしなくてはいけません。しかし、なかには不誠実な調停委員もいるのは事実です。

例えば、交通事故に関する法律に関して専門的な知識が少なかったり、当事者の一方の味方になって一緒に説教を始めたりする調停委員もいます。

そのため、任命された調停委員によって話し合いが上手くいったり、主張が全く通らなかったりします。「このままでは調停が不調に終わる」と感じて「調停委員を変えたい」と考えたき、調停委員を途中で変更するのは可能でしょうか。

結論としましては、調停委員の途中変更はできないと考えた方がいいです。一応、調停委員の態度や発言に公平性がないと認められれば途中変更できる可能性はあります。ただ、被害者の都合や主観だけで調停委員を変更することは無理なので、よほどのことがない限り、調停委員を変えるのはかなり難しいと考えてください。

もし、調停委員によって話し合いが上手くいかなかった場合は、最終的に裁判を視野に入れていった方がいいでしょう。

調停当日に欠席する場合

調停を欠席する場合、簡易裁判所に電話を入れて理由を説明すれば問題ありません。ただ、正当な理由なく欠席した者は5万円以下の過料を科せられます。

実際のところ、調停を欠席しても過料を科されるケースは少ないですが、欠席内容が悪質だと判断されると過料を請求される恐れがあるので注意が必要です。

調停の欠席回数が増えることで、調停が不調に終わり裁判でなければ解決できない可能性が高くなります。話し合いを望まないと判断されないよう、裁判をせずに調停で紛争を解決したいと考えている人は欠席しない方がいいでしょう。

調停を検討すべき場面

交通事故被害に遭い、示談交渉が上手くいかないときは調停を検討すべきです。ただ、交渉が上手くいかないからすぐに調停を視野に入れるのではなく、トラブルの状況に応じて判断する必要があります。

「いつまでもトラブルを抱えていたくない」「保険会社の言いなりにはなりたくない」という場合は調停を検討すべきです。

損害賠償額が妥当なラインであればいいと考える被害者であっても、保険会社が執拗に低い示談額を提示してくる場合もあります。このような場合に調停を行えば、保険会社と争ったとしても費用を安く抑えられますし、調停委員があいだに入ることで不当な賠償額になる可能性は低くなります。

そのため、被害者個人が「大手の保険会社を相手に交渉していくのは心細い」という場合、調停をすることで泣き寝入りすることを防ぎやすくなります。

加害者が無保険の場合

交通事故では加害者が無保険であることもあります。このとき、加害者が自動車やバイクに乗車中であれば自賠責保険に加入しているので、被害者は治療費や慰謝料を一定限度で補償されます。

ただ、自賠責保険は治療費・慰謝料・休業補償・交通費などから120万円までの補償になるので、ケガが重症であればあっという間に自賠責保険の補償枠を超えてしまいます。

自賠責保険の枠を超えた場合、被害者が加害者に掛かった費用を請求しても加害者が交渉に応じないことが多いです。事故当事者同士の交渉は拘束力がないので、加害者が交渉に応じなければ被害者は何もすることができあません。

加害者が自転車であった場合は、何も保険に加入していないことがあるので、よりトラブルになる可能性が高くなります。

このような場合に調停を申し立てることで、加害者を交渉の席に引っ張り出すことが可能です。そのため、加害者が無保険車であるために被害者が適切な補償を受けられない場合は調停を検討しましょう。

調停をしない方がいい場面

調停は少ない費用で、なおかつ短期間で交通事故トラブルを解決できる可能性があるので非常に便利な制度と言えます。ただ、トラブルの内容によっては調停をすべきでない場合もあります。

とくに「相手の主張と被害者がの主張に大きな開きがある場合」「損害賠償額が高額な場合」です。

まず、加害者側と被害者側の主張に大きな開きある場合、調停で話し合いをしても交渉が上手くいかない可能性が高いです。加害者側が聞く耳を持たない場合、調停をしても時間と労力が無駄になってしまいます。

また、損害賠償の金額が大きい場合も調停をしない方がいいことが多いです。基本的に調停は「お互いが歩み寄る」という形になるので、損害額が大きいほど被害者の受け取る金額が少なくなる危険性があります。

数十万円ほどの賠償額ではさほど問題ないかもしれませんが、数百万から数千万単位の賠償額になると、調停をすることで大きな損失になるかもしれません。

例えば、過失割合で争いがある場合は5%10%の変動で賠償額が数十万から数百万変わるリスクがあります。加害者から「過失割合が10:90ではなく20:80なら示談する」と言われ、それに応じてしまうと被害者は大きな損害を受けてしまいます。

このようなことから、まず加害者側の対応を見極めてから調停を検討するようにしましょう。

調停がうまくいかないときは裁判を視野に入れる

調停で話し合いをしても不調に終わり、和解することができなかった場合は裁判で決着をつけることになります。加害者が歩み寄りの姿勢を見せなかったことで、被害者が納得する形で示談することは不可能だと考えていいです。

損害賠償の請求は時効があるため、交通事故被害を受けてから3年経過すると賠償金を請求をすることができません。そのため、調停が不調に終わった場合は裁判を視野に入れるべきです。

ただ、裁判は調停と違い手続きが複雑になり専門知識を要します。また、裁判では被害者の主張が正しいことを客観的に証明しなくてはいけません。しかし、法律に関して素人である被害者が全て自力で行うのは困難です。

このようなことから、裁判を視野に入れる場合は交通事故に精通した弁護士に相談をすることが望ましいです。裁判を起こす手続きから、被害者の主張を客観的に証明する流れなどを弁護士に代理してもらうことで、適切な賠償額を手にする可能性が高まります。

もし、調停が上手くいかずに納得のいかない補償内容になった場合、交通事故トラブルを解決する最終手段である裁判の準備を進めていきましょう。